徳島地方裁判所 昭和54年(ワ)159号 判決 1984年2月28日
原告 甲野花子
右訴訟代理人弁護士 三木大一郎
右訴訟復代理人弁護士 朝田啓祐
被告 佐野正頼
右訴訟代理人弁護士 藤川健
被告 国
右代表者法務大臣 住栄作
右訴訟代理人弁護士 村松克彦
右指定代理人 曽根田一雄
<ほか五名>
主文
一 被告佐野正頼は、原告に対し、金一億〇四一五万一六七一円及び内金九七八五万一六七一円に対する昭和五四年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告佐野正頼に対するその余の請求及び被告国に対する請求を棄却する。
三 訴訟費用は、原告と被告佐野正頼との間においては、原告に生じた費用の二分の一を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告国との間においては、全部原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは原告に対し、各自金一億〇四九八万四〇六三円及び内金九八六八万四〇六三円に対する昭和五四年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告佐野正頼(以下「被告佐野」という。)
(一) 被告佐野に対する原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 被告国
(一) 被告国に対する原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
(三) 担保を条件とする仮執行免脱の宣言。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五一年六月一日午後七時三〇分ころ。
(二) 場所 徳島市川内町竹須賀一六五番地日石スタンド南方約一五〇メートルの国道一一号吉野川バイパス上。
(三) 態様 原告が、右バイパスの路側帯上を自転車で北進中、折からその西側の車道上を南進してきた被告佐野運転の普通貨物自動車(以下「本件自動車」という。)が先行車を追い越そうとして右路側帯に進入し、右自転車に衝突した。その結果、原告は、脳挫傷・意識障害・左動眼神経麻痺・左半身片麻痺・大腿部皮膚欠損及び挫創・正常圧水頭症等の傷害を被った。
2 責任原因
(一) 被告佐野
被告佐野は、通行の許されない路側帯を本件自動車で通行し、かつ、前方注視を怠り、安全運転義務に違反した過失によって本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。
(二) 被告国
本件事故現場は、前記バイパス上にあり、その付近は、中央分離帯を挾んで往・復各三車線の計画がなされていた道路の西片側三車線部分のうち、外側の二車線分を舗装して北行(外側)・南行(内側)各一車線とし、最内側一車線分を簡易舗装して路側帯とし、昭和五一年四月一日より供用開始されたものである。そして、路側帯は、車道とは同一水平面にあって、ほぼ同一の幅員を有し、外見上も同じような舗装であったため、車道と見誤られやすい状況にあり、現に、本件事故当時、自動車の通行が盛んに行われていた。右道路は、被告国の設置・管理に係るものであるから、同被告において、右路側帯における自動車の通行をできないようにする措置を講ずべきであるのに漫然放置し、本件事故を誘発したものである。
したがって、被告国には、国家賠償法二条に基づく損害賠償責任がある。
3 損害
(一) 治療費等 八三〇九万〇五五八円
(1) 治療費 一三九九万三一七一円
治療費については、昭和五三年七月三一日までは自賠保険で支払われ、同年八月一日以降は、一部は原告の母が加入している防衛庁共済組合の家族療養費で支払われてきたが、他は原告の自己負担金(三割)として昭和五三年八月一日から昭和五四年三月三一日までの間に支払われた額は六五万三一五四円(八箇月間)である。
原告は、昭和五四年四月一日以降少なくとも二〇年間左不全麻痺による入院リハビリテーションを要するが、その間における治療費は次のとおり、一三三四万〇〇一七円となる。
979,731円(年間自己負担金額)×13.616(新ホフマン係数)=13,340,017円
(2) 付添費 六五三〇万四九〇七円
昭和五三年一二月一日から昭和五四年三月三一日までの間に支払った付添費の額は、七八万一九六四円(一二一日間)である。
原告は、本件事故当時満一五歳であったが、本件事故により回復不可能な知能障害(痴愚級の精神薄弱)・左不全麻痺を残して症状が固定し(昭和五三年七月ころ)、終生付添い看護を要する身となり、その昭和五四年四月一日以降の平均余命年数六〇年間における付添費は、一日当たり六四六二・五円として、次のとおり、六四五二万二九四三円である。
2,358,812円(年間付添費の額)×27.354(新ホフマン係数)=64,522,943円
(3) 雑費 三七九万二四八〇円
昭和五一年六月一日から昭和五四年三月三一日までにおける入院雑費(三四箇月間)は、月間一万五〇〇〇円として、合計五一万円である。
昭和五四年四月一日以降における雑費(六〇年間)は、月間一万円として、次のとおり、三二八万二四八〇円となる。
120,000円(年間雑費の額)×27.354(新ホフマン係数)=3,282,480円
(二) 逸失利益 三五八〇万八五〇五円
原告は、昭和三五年八月二二日生まれで、本件事故当時、高校一年に在学し、昭和五四年三月卒業見込みの女生徒であった。そして、本件事故による前記のような後遺症のため、労働能力を一〇〇パーセント喪失したが、その就労可能期間である昭和五四年四月一日以降四九年間(満一八歳から六七歳まで)における逸失利益は、本件事故当時における全産業常用女子労働者(高校卒)の平均年間給与額一四六万六六〇〇円(昭和五一年賃金構造基本統計調査結果)に基づき、次のとおり三五八〇万八五〇五円である。
1,466,600円×24.416(新ホフマン係数)=35,808,505円
(三) 慰藉料 一五〇〇万円
原告は、昭和五三年七月ころ症状固定を見たが、それまで重症入院が二箇年を超え、それ以降も極めて長期間の入院リハビリテーション及び終生付添看護を必要とする。しかも、昭和四二年に父を失い、母子家庭であって、将来頼れるところ少ない身の上である。これら諸般の事情にかんがみ、慰謝料は一五〇〇万円が相当である。
(四) 損害てんぽ 三五二一万五〇〇〇円
(1) 訴外大興金属株式会社(本件自動車の保有者) 二〇二〇万円
(2) 被告佐野 一万五〇〇〇円
(3) 後遺障害保険金 一五〇〇万円
(五) 弁護士費用 六三〇万円
(1) 着手金 一三〇万円
(2) 報酬 五〇〇万円
よって、原告は、被告らに対し、各自金一億〇四九八万四〇六三円及び内金九八六八万四〇六三円に対する弁済期の経過した後である昭和五四年四月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 被告佐野
(一) 請求原因1の事実のうち、(一)(二)は認める。(三)のうち、傷害の点は不知、その余は争う。
(二) 同2の(一)の事実は争う。
(三) 同3の事実のうち、(一)ないし(三)、(五)は争う、(四)は認める。
2 被告国
(一) 請求原因1の事実は不知。
(二) 同2の(二)の事実のうち、原告主張のような区分帯の道路として主張の日より供用開始がなされた点は認め、その余は争う。
(三) 同3の事実のうち、(一)の(1)(2)は不知、(3)は争う。(二)のうち、原告の生年月日・年齢は不知、その余は争う。(三)のうち、慰謝料の額は争う、その余は不知。(四)(五)は不知。
三 抗弁(被告佐野)
1 本件事故現場付近は、中央分離帯を挾んで往・復各三車線の計画がなされていた道路の西片側三車線部分のうち、外側の二車線分を舗装して北行(外側)・南行(内側)各一車線とし、最内側一車線分を簡易舗装して路側帯とし、供用開始されていた。そして、路側帯は、車道とは同一水平面にあって、ほぼ同一の幅員を有し、外見上も同じような舗装であったため、車道と見誤られやすい状況にあった上、その設置・管理者である国においては、路側帯であることを示す標識や車両乗入れのできないような措置を何ら講じていなかった。
したがって、被告佐野が車道と判断して路側帯に本件自動車を乗り入れ、それによって生じた結果は、挙げて被告国の過失に基づくのであって、被告佐野には何らの過失もない。
2 また、右のような道路状況よりして、本件事故現場付近における車道は、舗装部分のほか簡易舗装部分(路側帯)を合わせた一体のものと見るべきである。したがって、原告は、道路交通法に従い、右車道の中央より左(西)側部分を通行すべきところ、道路中央より東側部分を東端より一・五メートル西に寄った辺りを通行していたため、本件自動車と正面衝突するに至ったのである。
したがって、本件事故の発生は、原告の一方的過失に基づくものである。
3 仮に、右路側帯を合わせたものを車道と見るべきでないとしても、路側帯は、幅員二・九メートルであって、原告の自動車は右正面衝突の際その右(東)側に一・五メートルもの余地を残していた。したがって、原告は、路側帯の更に右(東)端寄りを通行すべきであるのに、あえて中央付近を通行していたために右正面衝突に至ったのであるから、本件事故の発生については原告にも過失がある。
四 抗弁に対する認否
抗弁1の事実は、被告佐野主張のような区分帯の道路として供用開始がなされていた点は認め、その余は否認する。その余の抗弁事実は否認する。
第三証拠《省略》
理由
一 事故の発生について
《証拠省略》を総合すると、請求原因1の事実のとおり認められる(原告と被告佐野との間において請求原因1の(一)(二)の事実は争いがない。)。
二 被告国に対する請求について
《証拠省略》を総合すると、徳島市中洲町一丁目と鳴門市撫養町との間に計画された全長約一三・一キロメートル、中央分離帯を挾んで往・復各三車線(一車線の幅員三・二五メートル)の一般国道一一号吉野川バイパスのうち、徳島市川内町鈴江南一八番の一から同市同町大松二二五番まで約二・六キロメートルの区間につき、交通緩和の必要上、昭和五一年四月一日より、中央分離帯から片側半分の供用開始がなされたこと、その本件事故現場付近については、供用開始がなされたのは、中央分離帯を入れて西側部分(幅員一六メートル)で、外(西)側より順に歩道、街渠、北行車道・南行車道各一車線、路側帯(一車線相当分)、中央分離帯からなっており、耐排水の必要上右各車道・路側帯は若干西方に傾きのある同一水平面に造られていたこと、右各車道の間には中央線、右南行車道と路側帯との間には一五センチメートル幅の白線をもって外側線が引かれ、各車道はアスファルトコンクリートによる本格舗装(外側線より約五〇センチメートル路側帯内に入り込んだ部分も同じ)であって黒に近い色を呈し、路側帯(右本舗装部分を除く。)はアスファルト乳剤を散布して防塵耐水処理を施しただけの土の部分であってねずみがかった色を呈し、両者はその構造上・外見上の区別が極めてめいりょうであったこと、右路側帯は、歩行、自転車通行、自動車の一時退避等のために設けられたものであって、自動車の通行は許されないのであるが、中にはあえて同所を通行する自動車もなくはなかったこと、が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右の事実によると、本件事故現場付近における車道と路側帯との区分は白色外側線をもってめいりょうになされている上、構造・外見からも両者の判別は極めて容易な状況にあった。そして、中には、路側帯を通行する自動車もなくはなかったけれども、道路の利用に付随して死傷等の発生する危険性が客観的に存在し、かつ、それが通常の予測の範囲を超えないほどのものであったとは認められない。そうすると、本件事故現場付近の道路が、そのものとして通常有すべき性状・設備等を欠如していたものということはできない。
したがって、被告国に対する原告の請求は、自余の点について判断するまでもなく、理由がない。
三 被告佐野に対する請求について
1 責任原因・抗弁
《証拠省略》を総合すると、被告佐野は、ビール・ウイスキーを飲み酒気を帯びて本件自動車を運転し、南行車線を時速約五〇キロメートルで進行して通り慣れた本件事故現場付近に差し掛かった際、時速約六五キロメートルに加速して路側帯に進入し、一気に先行車三台の追抜きに掛かったところ、折から進路前方一五メートル辺りの路側帯中央付近を原告が自転車で北進してくるのを認め、急ブレーキを掛けたが及ばず、自車の左側部を正面衝突させるに至ったものであり、右衝突時に原告の自転車の右(東)側には中央分離帯まで約一・五メートルの余地が残されていたこと、が認められ(る。)《証拠判断省略》
右の事実によると、原告は路側帯中央付近を自転車で通行していたのであるが、同所は車道ではなく自転車で通行の許されているところであるから、この点の誤解に出た抗弁2は理由がない。また、衝突当時、原告の自転車の右(東)側には約一・五メートルの余地があったけれども、原告に対し、本件のごとく通常の予測の範囲を超えた瞬時の事態まで予測した上での通行方法を要求するのは相当でないから、抗弁3は理由がない。更に、抗弁1は、その前提とする被告国の過失が認められないものであることは前記二に説示のとおりであるから、理由がない。
そうすると、本件事故の発生は、被告佐野の一方的過失に基づくものというほかはない。
2 損害について
(一)(1) 治療費等 八二二五万八一六六円
治療費 一三九九万三一七一円
付添費 六五三〇万四九〇七円
雑費 二九六万〇〇八八円
(2) 逸失利益 三五八〇万八五〇五円
(3) 慰謝料 一五〇〇万円
《証拠省略》を総合すると、請求原因3の(一)ないし(三)((一)の(3)を除く。)の事実のとおり認められる。右事実によると、治療費・付添費・逸失利益は各頭書の金額となり、慰謝料についても頭書の金額が相当と認められる。
雑費については、入院期間中のみ認めるのを相当とし、昭和五一年六月一日から昭和五四年三月三一日までにおける入院雑費(三四箇月間)は、月間一万五〇〇〇円として、合計五一万円である。昭和五四年四月一日以降二〇年間における入院雑費は、月間一万五〇〇〇円として、次のとおり、二四五万〇八八〇円となる。
180,000円(年間入院雑費の額)×13.616(新ホフマン係数)=2,450,880円
(二) 損害てんぽ 三五二一万五〇〇〇円
請求原因3の(四)の事実は、原告と被告佐野の間に争いがない。
(三) 弁護士費用 六三〇万円
原告が、本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、相当額の着手金・報酬の支払を約したことは弁論の全趣旨によって認められる。そして、本件事案の性質、審理の経過、認定額等を考慮すると、原告が本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は、頭書の金額が相当と認められる。
四 以上の事実によれば、被告佐野に対する本訴請求は、金一億〇四一五万一六七一円及び内金九七八五万一六七一円に対する弁済期の経過した後である昭和五四年四月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余及び被告国に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条・九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 上野利隆)